Żywiec(ジヴィエツ)ビールにご興味をお持ちいただき、誠にありがとうございます。
この場所で、私たちとともにポーランドの豊かな食文化と歴史を味わっていただければ幸いです。
それでは、時をさかのぼりジヴィエツ醸造所が創業した1856年のポーランドへご案内しましょう。
帝国の興亡という激動の時代をくぐり抜けて生まれたこのビールは、やがて「ポーランドの味」を象徴する存在となりました。一本の瓶に詰め込まれた、歴史と情熱の物語を、どうぞお楽しみください。
ハプスブルク家の遺産:大公アルブレヒトの情熱
1856年当時、ヨーロッパの地図に「ポーランド」という国家は存在していませんでした。
Żywiec醸造所が誕生した地域は、ハプスブルク家が統治するオーストリア=ハンガリー帝国領、チェシン公国に属していたのです。
1847年、この地を継承したアルブレヒト大公の主導により、地域の工業化が進められました。その象徴的な事業のひとつとして誕生したのが、Żywiec醸造所です。
清らかな水と理想的な気候に魅了された大公の想いは、160年以上の時を超え、今なお受け継がれています。
余計なものを一切加えない伝統のレシピ。
品質に一切妥協しない姿勢。
その確かなクラフトマンシップが、今日も世界中のビール愛好家を魅了し続ける味を生み出しているのです。

ジヴィエツを世界へ:「踊る男女」の登場
地域に根ざした商品は、その土地ならではの真実味を伝えてくれます。一方で、異国の人々にとっては、どこか馴染みにくく感じられることも少なくありません。「Żywiec」という名前も、ポーランド語に親しみがなければ、読み方さえ戸惑うかもしれません。
そこで重要な役割を果たすのが、シンボルである「踊る男女」です。
1956年にŻywiecビールの本格的な輸出が始まって以来、伝統衣装に身を包み、民族舞踊「クラコヴィアク」を踊るこの二人は、言葉を超えてポーランドの魅力を伝えてきました。
それは、訪れる人を温かく迎え入れるもてなしの心であり、自然の恵みを余すことなく生かす食文化そのもの。
「踊る男女」は、ポーランドという国の精神を、静かに、そして確かに世界へ届け続けているのです。

一杯のビールが繋ぐ、ポーランドと日本
遠く離れたポーランドの山々から、日本の皆さまのテーブルへ。
ジヴィエツビールは、単なる飲み物ではありません。160年以上にわたって受け継がれてきた歴史が息づく、「生きた伝統」そのものです。
今夜は、ラベルの中で踊る男女のように、肩の力を抜いてグラスを傾けてみませんか。
ひと口含めば、ポーランドの清らかな風と、人々の温かな笑顔が、静かに広がっていくはずです。
Na zdrowie!(ナ・ズドロヴィエ!/乾杯!)
